悪徳なんかこわくない(上・下) ☆☆☆

(悪徳なんかこわくない 上・下 / ロバート・A・ハインライン / ハヤカワ文庫SF 1989)

ハインライン後期の長篇。上下巻合わせて800ページを超える大作ですが、驚くほど“動きがない”ストーリー展開です。恒星間飛行もなければ惑星間戦争もない、異星人も出て来なければ、世界が破滅に瀕するような事件が起きるわけでもない――単純に、ひとつのアイディアと状況を設定して、そこから思考実験を(たぶん、とっても楽しみながら(^^;)推し進めていくだけで、波乱万丈の(ある意味では)センス・オブ・ワンダーが生まれてしまうわけですね。さすが巨匠という感じです。

さて、舞台は近未来の21世紀、風俗やファッションはかなりオープンになっており、性習慣なども相当に自由に(人によっては“ルーズに”と言うかもしれません)なっていて、人々は快楽を謳歌しています。
そんな中、スミス・エンタープライズの総帥であるヨハン・セバスチャン・バッハ・スミスは極度の老齢でありながら、自分が築き上げた巨万の富ゆえに死ぬことも許されず、ありとあらゆる最新医学を駆使して生き続けなければなりませんでした。しかし、彼は奇想天外な策を考え出します。顧問弁護士のジェイク、才色兼備の美人でナイスバディの有能な秘書ユーニス(彼女の結婚相手ジョウは、文盲で社会適応能力のない天才芸術家です)らと極秘に話し合ったヨハンは、脳死したばかりの若い肉体に自分の老いた脳を移植して、若さを取り戻す、という作戦を実行に移させます。前例のない移植手術が成功する確率は、ごくわずか――それでも、チンパンジーの脳移植を成功させたボイル博士にあらゆる便宜をはかり、反対するヨハンの孫たち(かれらが愛しているのはヨハンの財産だけです)を出し抜くべくジェイクが法律問題をすべてクリアして、ヨハンは同じ血液型(AB型Rhマイナスという珍しいタイプ)の候補者を集めていきます。つまり、候補者は自分が脳死状態になった場合、肉体にヨハンの脳を移植させることを契約し、その暁には遺族が膨大な謝礼金を受け取るわけです。
そしてついに、条件にぴったり合致する相手が見つかり、前例のない手術は実行され、成功を収めます。長いリハビリの末に、ヨハンが知ったのは、驚くべき事実でした。実際、この“事実”は前半の大ネタだと思うのですが、表紙のイラストでバレバレなんですよね。なので、ここでも書いてしまいます。「知りたくない!」という方は、ここから先のストーリー紹介は読まずに、本編を読み進む方がいいと思います。





そんなわけで、ジェイクがひた隠しにしていた“事実”とは、ヨハンの脳は若い女性の肉体に移植されたということでした。それはヨハンもうすうす感付いていたのですが、さらにショックだったのは、その女性が自分の秘書ユーニスだったことでした。ユーニスは夫ジョウともどもAB型Rhマイナスであり、ヨハンとジェイクが組織的に行っていた“契約”も済ませていました。そして、アパートの外で行きずりの暴漢に襲われて脳死状態になり、ドナーとなってしまったわけです。
さらにヨハンを混乱させたのは、自分の意識の中にユーニスのものらしき意識が存在していることでした。幻覚か思い込みと考えようとしますが、ユーニスの意識はしっかりと自立していました。ただし、作者ハインラインは、この状況について明確な説明は避けています。ユーニスの霊魂が肉体の中に残存していたのか、ヨハンの新たな意識が自分の元の肉体に宿ったのを知って冥界から戻って来たのか、ヨハンも悩みますが、ユーニスが言うように「だって、現にあたしはここにいるんだから、しょうがないじゃない」と説明して、押し切ってしまっています。つまり、若い女性の肉体に移されたばかりか、その女性の意識と同居することになった好色老人(笑)が、何を考えて、どう行動するかという思考実験を行うのが作者の目的であって、なぜそうなったのかは大した問題ではないわけでしょう。
ユーニスの意識から、ヨハンは生前のユーニスがジェイクと情事を重ねていたことを知ります。秘書時代のユーニスは、ヨハンがどんな目で自分を見ていたのかもお見通しでした。そして、若く魅力的な女性の肉体を手に入れたヨハンは、ユーニスの手ほどきで、女性としての“初体験”をし(「なんてこった! 女はいつも、こんな気持ちのいい思いをしているのか!」)、バイセクシャルとして性に目覚めたヨハン(いまやジョアン・ユーニスと名乗っています)は、ジェイクや弁護士仲間、ヨハンの生前のボディガードたち、ジョウと再婚相手のジジ、看護師のウイニーなどを巻き込んで、フリーセックスを謳歌していきます。ちなみに、つい古い常識に縛られて二の足を踏んでしまうヨハンに、「大丈夫だから、気にすることはないから」とけしかけるユーニスの意識こそが、タイトル「悪徳なんかこわくない」の由来です。
下世話な言い方をすれば、下巻に入ってからは、ほぼ「やりまくっている」だけの話なのに、なぜこんなに引き込まれてしまうのでしょう(「愛に時間を」と同じで、ちっともいやらしくありません)。

オススメ度:☆☆☆
(実際の読了日:2012/2/8)

※1ヶ月ほど、PCに触れない環境にいたわけですが、その間、家から持って行ったほか、友人から差し入れてもらったり、頼んで買ってきてもらったりした文庫本を、30冊以上読みました。それらはできるだけ早めに庫入していって、3月中には元のペースに戻そうと思います(^^ 元のリアルタイムペースに戻るまで、「実際の読了日」も記載しておきますね。



悪徳なんかこわくない〈上〉 (1977年) (ハヤカワ文庫―SF)
悪徳なんかこわくない〈上〉 (1977年) (ハヤカワ文庫―SF)

悪徳なんかこわくない 下 (ハヤカワ文庫 SF ハ 1-7)
悪徳なんかこわくない 下 (ハヤカワ文庫 SF ハ 1-7)

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