日本探偵小説全集8 久生十蘭集 ☆☆☆☆

(日本探偵小説全集8 久生十蘭集 / 久生 十蘭 / 創元推理文庫 1988)

創元推理文庫版「日本探偵小説全集」の第8巻です。この作者については、過去に現代教養文庫版『久生十蘭傑作選』全5巻(「魔都」、「黄金遁走曲」、「地底獣国」「昆虫図」「無月物語」)と、遺作となった「肌色の月」を読んでいます。ミステリ、怪奇幻想小説、伝奇冒険もの、スラップスティックなコメディなど、代表作はほぼ網羅したつもりでいましたが、「捕物帳」などの時代物は読んでいませんでした。その点、本書は時代物が中心で、「顎十郎捕物帳」の全24話、それに「平賀源内捕物帳」から選りすぐりの3篇が収められており、現代教養文庫版と併せて読めば、作者の全貌はわかるでしょう(ちくま文庫からも怪奇探偵小説傑作選の1冊として「久生十蘭集」が出ています)。最近、創元推理文庫から「魔都」が復刊され、河出文庫からも作品集が何冊か出ていますので、そちらのほうが入手しやすいかと思います。
では、収録作品を紹介していきます。

「湖畔」:作者の代表作として、様々なアンソロジーに収録されている作品。無頼の父親から幼い息子に書き残した告白の手紙という体裁をとっています。旧華族の跡取りとして生まれた奥平は、英国留学から帰国後、狷介な性格のため過激な思想を巻き散らし、露悪的に生きていましたが、箱根に滞在中、芦ノ湖のほとりで上品で生き生きとした少女・陶と出会います。その清純さに惹かれた奥平は彼女を娶りますが、生来の性格から自分の愛情を表現できず、陶にもつまらない生活を強いていました。それが不満だったのか、陶は不倫に走り、それを知った奥平は陶を殺し、自首して出ますが、真相はまったく別のものでした。

『顎十郎捕物帳』
時は江戸時代後期――北町奉行所の与力筆頭を務める森川庄兵衛の甥、仙波阿古十郎は、異様に長い顎が特徴で、そのため本名をもじって「顎十郎」と呼ばれています。本人も顎を気にしており、顎について仄めかされるだけで刀を抜く始末(従妹の花世だけは例外です)。生来のものぐさで、二本を差しながらどこへ仕官するということもなく、様々な武家屋敷の中間部屋などを泊まり歩き、時にはふらりと当てのない旅に出てしまいます。ところが、叔父の庄兵衛や、その部下の“ひょろ松”こと松五郎が奇妙な事件を持ち込んでくると、思わぬ発想と推理力で真相を暴き出します。その度に、南町奉行所のエース藤波友衛(顎十郎を一方的にライバル視しています)は地団太を踏むことになります。ふらりと江戸に舞い戻った顎十郎は叔父の世話で南町奉行所の例繰方(現代企業で言えば「資料室」勤務のような閑職)につきながら、いくつもの事件を解決しますが、ある事件でしくじったせいでお役御免となります。その後、九州出身の浪人・雷土々呂進(とど助)と組んで、阿古長という名で駕籠屋を始めますが、出会った怪事件やひょろ松が持ち込む事件を解決していきます。
「捨公方」:上総から江戸へ戻る途中、顎十郎はひとりの老僧に声をかけられ、12代将軍の世継ぎ・家定に双子の兄弟がいることを聞かされます。お家騒動の原因とならないよう、その子を探し出し、仏門に入るよう説得してほしい、という願いを顎十郎は聞き入れます。
「紙凧」:御用金を積んで神田川を上っていた御用船から、3万2千両が消え失せます。ひょろ松から事件について聞かされた顎十郎は、なぜか金座の近くで行われている凧合戦に目を付け、自分も加わろうとします。
「稲荷の使」:叔父の庄兵衛が毒殺事件の重要な証拠品を失くしてしまったことを花世から聞いた顎十郎は、叔父が丹精込めて育てている万年青が枯れ始めたことに目を付け、あっさりと真相を看破します。
「都鳥」:従妹の花世が中国産の帯地を選ぶのに付き合った顎十郎は、中国産であるはずの織物に都鳥(日本だけに生息)が小さく刺繍されているのに気づきます。顎十郎は、江戸で頻発している馬の尾が切られる事件と結び付け、悪辣な組織犯罪を暴きます。
「遠島船」:伊豆の石廊崎沖で漂流していた遠島船(島流しになる罪人を送り届ける船)は、もぬけの空だったばかりか、飯炊きや食事の最中に急に皆が消えてしまったかのようでした。「マリー・セレスト号」もかくやという怪事件に、顎十郎が挑みます。
「鎌いたち」:江戸市中で、喉を鎌型に切られて絶命する事件が頻発していました。妖怪・鎌イタチの仕業ではないかと噂される中、なぜか青鱚釣りに出かけた顎十郎は、犯人の手口を鮮やかに指摘します。
「氷献上」:毎年、六月の氷室の節には加賀藩の屋敷から氷が江戸城へ献上されます。今年は献上用の氷が容れ物ごと奪われ、熱病の息子のために氷をほしがっていた浪人が犯人として捕まりますが、顎十郎は実験によって浪人には氷が奪えなかったことを証明します。
「日高川」:法事のため故郷の小金井に変えるひょろ松に同道した顎十郎は、名主の川崎又右衛門の娘お小夜が蛇を殺した祟りで憔悴していることを聞きます。実際に欄間に大蛇が姿を見せるということでしたが――。
「御代参の乗物」:13人の腰元が、狭い町中で駕籠ごと消え去ります。どこの門からも出入りしていないことは明らかで、神隠しとしか思えない状況です。ドイルの「消えた臨急」を思わせる事件ですが、顎十郎は理詰めで真相を突き止めたばかりか、切腹ものの失敗から藤波友衛を救います。
「三人目」:何人もの男を手玉に取って来た遊女・千賀春が自宅で変死しているのが見つかります。金銭トラブルがあった按摩鍼師、つれなくされていた町人、ライバルの芸者――当夜、千賀春の部屋を訪れていたのは、この3人でした。
「丹頂の鶴」:将軍が寵愛していた丹頂鶴が、死んでいるのが見つかります。将軍の命で、北町番所の顎十郎こと仙波阿古十郎、南町番所の藤波友衛が、真相究明で対決することになりますが、顎十郎は数日前から姿を消していました。結末は「オリエント急行」ふう。
「ねずみ」:商家で、3人が虎列剌(コロリ=「コレラ」のこと)と思われる症状で変死します。藤波は、虎列剌に見せかけた毒殺事件なのではないかと考えます。顎十郎も虎列剌ではないと推理しますが、藤波の考えとは違っていました。
「野伏大名」:身分を隠して顎十郎に相談を持ち込んできたのは、さる大名の家臣でした。藩主の家督相続に関連して、嫡子が別人であるという風説が流れ、お家騒動どころか、御家断絶の怖れもあるため、なんとか収めてほしいというのですが――。
「蕃拉布」:舶来品を広めようと結束している洋物屋の主人たちが、立て続けに変死します。誰もいないのに、首に巻いた舶来の蕃拉布(ハンカチーフ)で首を絞められて絶命するのです。相談を受けた顎十郎は、犯人を罠にかけようと一計を案じます。
「咸臨丸受取」:ひょろ松から「江戸じゅうの悪党が姿を消した」と聞かされた顎十郎は、「どえらいことが起こる」とつぶやき、行動を開始します。
「菊香水」:女の色香と美味しい食べ物(いずれも、ロハに限る)に目がない顎十郎は、「罠にかかったルパン」のごとく女盗賊の奸計にかかり、御金蔵破りの片棒を担ぐ羽目になってしまいます。
「初春狸合戦」:浪人・とど助と組んで駕籠屋を始めた顎十郎は、自分は狸が化けていると名乗る町人に声をかけられ、毎晩ひとりずつ、狸を駕籠に乗せて運ぶことになります。1回1両という破格の報酬ですが、当然ながら"狸"がくれる小判にはいわくがあるわけで――。
「猫眼の男」:府中の大店、近江屋の娘の嫁入りをめぐってもめ事が発生し、警戒に訪れたひょろ松(ついでに顎十郎、とど助)の目の前で、闇の中、近江屋の3人が矢で射られて殺されてしまいます。犯人は、夜目が利く人間だと思われますが――。
「永代経」:繁盛している料理家「大清」の主人・藤五郎に土地も女房も奪われてしまった紺屋の吉兵衛が、焼死体で発見されますが、同時に吉兵衛と別れて「大清」に嫁いだおもんも毒殺されます。藤五郎が下手人として挙げられますが、顎十郎の考えは違っていました。
「かごやの客」:新開店した居酒屋でただ酒にありついていた顎十郎とど助ですが、亭主は、資金を出してくれたのはさる大名の御姫様だと言い張り、呼び出して御酌をさせようと言い出します。実際に、藤堂家の加代姫が現れ、恐れ入ったふたりは逃げ出しますが、残っていた客は亭主ともども毒を盛られて死んでしまいます。加代姫と面会した顎十郎は、下手人は別にいると断定します。
「両国の大鯨」:両国の見世物の目玉となっていたのは、本物の鯨でした。連日、見物人で押すな押すなの大騒ぎでしたが、ある晩、ほんの10分ほどの間に鯨が消え失せてしまいます。顎十郎は、鯨が江戸に運ばれてきた日に起きた千両箱強奪事件と結び付けて、鯨消失の謎を解き明かします。
「金鳳釵」:材木問屋の娘お梅は、唐に渡った許嫁が戻る日を待ちわびていましたが、病死してしまいます。その直後、許嫁の金三郎が戻ってきますが、時すでに遅し。ところが、やはり病で虫の息だったお梅の妹お米が奇跡的に息を吹き返し、まるでお梅が宿ったかのように金三郎とねんごろになります。ふたりは祝言を上げることになりますが、ことの真相を見破った顎十郎が介入します。
「小鰭の鮨」:年頃の美しい娘が、江戸の市中から次々と姿を消します。姿を消す前には、必ず小鰭の鮨を売り歩く鯔背な若者が通りかかっていました。顎十郎とひょろ松は、江戸じゅうの小鰭鮨売りを取り調べますが――。
「蠑螈」:阿波屋の一族が、立て続けに病死します。大工の清五郎は、これは自分が誤って屋根裏の柱に打ち付けてしまった守宮の呪いで、責任は自分にあると顎十郎に訴えます。実際に顎十郎が阿波屋の屋根裏へ上ってみると、そこにいたのは守宮ではありませんでした。

「昆虫図」:青木青年は、隣家の伴団六の細君の姿が見えなくなったことに気付きます。それ以来、隣家には様々な虫が次々と大量に湧くようになります。

『平賀源内捕物帳』
実在の博覧強記の学者・平賀源内が、神田鍋町の番所の御用聞き・出尻伝兵衛が持ち込む怪事件について、生来のエキセントリックな言動を繰り返しながら真相を暴きます。
「萩寺の女」:江戸市中で、何人もの娘が、頭に傷を負って変死しますが、近くに誰も近寄った様子はなく、まさにカーお得意の「屋外密室」の状況でした。平賀源内は、毎夜、流星雨が観察されることから、女たちは隕石に打たれたのだと結論付けますが――。
「山王祭の大象」:日本三大祭のひとつ、山王祭では、様々な山車や神輿が繰り出しますが、その年の目玉の一つは張りぼての巨象でした。ところが、象の腹から血が滴っているのが見つかり、中では若い女が刺殺されていました。容疑者は、象の4本の足に入って動いていた4人に絞られますが、誰が下手人か決め手がありません。伝兵衛に出馬を要請された源内の見立ては――。
「長崎ものがたり」:源内が世話になった長崎屋所縁の3人が、江戸、大阪、長崎で、同じ日に殺されますが、その下手人は同一人物だというのです。この不可能犯罪の謎を、源内は鮮やかに解き明かします。

「ハムレット」:避暑地のホテルに滞在している老人は、16世紀のヨーロッパ人のような所作を自然に行うため、注目を集めていました。介添え役の祖父江青年は、その老人・小松顕正にまつわる驚くべき物語を語ります。戦前、小松は、資産家の阪井、婚約者の琴子、祖父江らと一緒に素人劇団で「ハムレット」の主役を演じることになっていました。しかし、途中、小松は開いていた窓から転落し、命は取り留めたものの廃人のようになってしまいます。その後、阪井は琴子と結婚して一人娘の鮎子をもうけますが、西洋で精神医学を修めて帰国した祖父江は、阪井の依頼で小松が正気を取り戻しているか確認することとなります。実は阪井には、小松に正気になられては困る事情がありました。

「水草」:語り手の友人、石亭は、隣家の田坂の娘ヒサ子との関係でトラブルを起こしていました。ある日、石亭がやってきて、田坂家で飼っているあひるを締めたところ、胃袋から女の髪の毛が出てきたと話します。

「骨仏」:磁器の際立った白さを出すには、人骨を加えると効果的だそうです。陶芸家は、その入手に苦労するらしいのですが・・・。

オススメ度:☆☆☆☆


日本探偵小説全集〈8〉久生十蘭集 (創元推理文庫) - 久生 十蘭
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