亜智一郎の恐慌 ☆☆☆☆

(亜智一郎の恐慌 / 泡坂 妻夫 / 創元推理文庫 2004)

江戸末期を舞台にした時代ミステリ短篇集です。
タイトルからおわかりのように、主人公の亜智一郎は、亜愛一郎のご先祖様(笑)。江戸城の雲見番(本書だけの設定で、実際に存在していた役職ではないようです。ひたすら星や雲の動きを観察して天変地異を予測する役目で、要するに江戸時代の気象予報士。平安時代の「陰陽寮」の天文博士に該当するでしょうか)として、日がな一日、雲見櫓から空を眺めている閑職で、外見も性格も行動も、子孫の愛一郎そのまま。侍のくせに痛いことや暴力沙汰が嫌いで、切腹など考えただけで気絶しそうになる優男――一方、体術や武術に優れ、観察力も頭脳も優秀です。ところが、時代は風雲急を告げる幕末です。ペリーの来航、諸外国からの開国へのプレッシャー、吹き荒れる尊王攘夷運動といった内憂外患の中、ある事件がきっかけで、異能の持ち主・智一郎は、将軍直属の隠密方に任命されてしまいます。集められた一騎当千(?)の配下と共に、側衆・鈴木阿波守正圑の命を受け、世間を騒がす怪事件の捜査・解決に当たることとなります。配下は、甲賀忍術の唯一の伝承者・藻糊猛蔵、総身に普賢菩薩の彫物を入れた怪力無双の古山奈津之助、豪胆な英傑という評判だけは高い(笑)実際は観察眼に優れた芝居通のオタク系優男・緋熊重太郎という、どことなくフューチャーメンを思わせる面々です。解説によれば、これらのレギュラーメンバーも、各作品の当事者・関係者として登場する人物も、実はみな亜愛一郎シリーズの作品にチョイ役で登場する面々のご先祖だという"お遊び"が仕掛けられているそうで、それをしっかり調査してまとめたウェブサイトまであるそうです。ただ、残念ながら「三角形の顔をした老婦人」は登場していないようです(それとも、見落としただけ?)。
7作品が収録されています。

「雲見番拝命」:タイトルの通り、雲見番一党が結成され、新たな任務を託されることになった事件の顛末が描かれます。安政の大地震に襲われた江戸は、大混乱に陥っていました。下座見役・緋熊重太郎は崩れてきた梁に左腕を挟まれて脱出できずにいたところを、通りかかった藻糊猛蔵に左腕を切断してもらって助け出されます(これが、自分で自らの腕を切断して助かったという噂になり、重太郎は思いがけず勇名を馳せることになるわけです)。このとき、毛利家の援軍を装って江戸城に侵入しようとした尊皇派の浪人たちの正体を見破ったのは、重太郎の観察眼でした。謀反人は猛蔵に一網打尽にされます。同じように、雲見櫓では地震を察知していた智一郎が将軍・徳川家定を避難させ、同様に将軍の命を狙った尊皇派(重太郎が見破った相手は別動隊)の正体を暴き、怪力の奈津之助が取り押さえます。これらの功績により、智一郎以下4人は、今や有名無実化してしまった「お庭番」隠密衆に代わって、任務に就くことになります。

「補陀落往生」:江戸城の目安箱に、野州白杉藩の藩主・箭島幸友が、城内で不義密通を行った藩士30数名を惨殺したという投書が投げ込まれていました。将軍・家定の勅命を受け、亜智一郎と甲賀忍者・藻湖猛蔵は、日本橋の酒問屋の番頭と手代に扮して、白杉藩へ調査に向かいます。近辺の村では、補陀落往生と呼ばれる奇妙な葬儀が頻繁に行われていました。農村上がりの芸者(現代で言えば田舎町のバイトのコンパニオン)から話を聞き出したところ、最近、城下に近い桂安寺に京都から高僧が訪れ、老人たちを苦しまず極楽浄土に送る経を唱えているといいます。二人は、補陀落往生の葬儀に紛れ込み、実際に何が行われているのか観察しますが、老人を境内の奥まった洞窟に運び込み、翌朝になると老人は安らかに死んでいる、という事実が確認されただけでした。いくつかの証拠から、智一郎は補陀落往生の仕組みを突き止め、白杉藩惨殺事件との関係も暴き出します。

「地震時計」:将軍・家定から世話された縁談を受けた緋熊重太郎ですが、相手の美也は重太郎よりはるかに上の家柄の出で気位も高く、家庭では重太郎は息が詰まるばかり――そんなわけで、重太郎は遊郭・新丸亀屋の遊女・珠川とねんごろになっていました。ところが、重太郎としっぽり過ごした同じ晩、なんと珠川は別の男と心中してしまいます(珠川の親友、雛路も一緒に別の男と心中していました)。そんな折、江戸城には匠戸藩主・土牛志賀守与常より、地震を予知するという櫓時計が献上されていました。本当に地震を予知できるのかと将軍から質問された智一郎は、失意の重太郎とふたりで匠戸藩の大名屋敷の近くの居酒屋で一騒動起こし、地震時計に仕掛けられたからくりを暴くとともに、心中事件の真相も解き明かします。

「女方の胸」:将軍・家定が病床に就き、先が長くないと判断されたため、世継ぎのいない家定の後継を誰にするか、周囲は頭を悩ませています。候補に挙がっているのは、紀州家の慶福と一橋家の慶喜でした。伝統に従えば正統な世継ぎとなる慶福は13歳で、諸外国の使者との謁見や尊王攘夷派の動きへ対応するには荷が重く、頭脳明晰な22歳の慶喜を推す一派と正統派との間で対立も高まっていました。そんな折、新たな難題が持ち上がり、側衆鈴木正圑は雲見番に対応を命じます。家定が17歳の時、大奥の女中に手を付けて生ませた男児がいたことが明らかになったのです。雲見番一党は、暇を取って行方がわからない女中おみのと、推蔵と名付けられた男児(現在は、18歳になっているはずです)の消息を追うこととなります。慶福を世継ぎに推す一派が推蔵を先に見つければ、彼の命が脅かされることは必至でした。古山奈津之助と因縁浅からぬ火消しの頭、新門辰五郎が情報を知っていると正圑から聞いた智一郎は、辰五郎から大奥でおみのの同僚だった女中まきの嫁ぎ先を訪ね、おみのが芝居好きで、自ら狂言を演じて見せるほどだったことを聞き出します。こうなれば、推蔵が芝居の世界に身を投じている可能性が高まり、芝居通の重太郎の出番となります。重太郎は、かねてより贔屓にしていた女方・青衣霧之丞が推蔵であることを突き止めますが、意外な事実が待っていました。

「ばら印籠」:家定の後を継いだ第14代将軍・家茂に初の接見を受けた雲見番は、家茂からオランダ渡来の写真術で自分の写真を撮ってみたいという希望を聞かされます。雑学に強い(笑)重太郎は、自分の情報網をたどって連次という眼鏡師にたどりつき、連次から写真術の手ほどきを受けます。無事、家茂の撮影を終えた重太郎ですが、写真に写った家茂が下げている印籠に異変が起きているのに気づきます。五段重ねであるはずの印籠が、どう見ても四段重ねなのです。印籠の謎を追った智一郎は、家茂を狙った尊王攘夷派の暗殺計画を暴きます。

「薩摩の尼僧」:江戸各所で、未年生まれの13歳の娘が誘拐される事件が頻発します。娘たちは腹を裂かれ、内臓を抜かれた全裸死体で川べりや浜に打ち上げられ、事態を重く見た正圑は、雲見番に捜査を命じます。誘拐される前に、娘の年齢を尋ねる怪しい尼僧が出没していたという情報を得て、古山奈津之助は周辺の尼僧院を探るうち、顔なじみの岡っ引き、地獄の山蔵から様々な情報を得ます。件の尼僧が、薩摩なまりでしゃべる安蜘尼という人物だと知った奈津之助は、藻湖猛蔵と共に安蜘尼が潜む薩摩屋敷に忍び込みます。安蜘尼が読んでいた書物から、少女を誘拐した一味の目的を知った智一郎は警告を発しますが、時すでに遅く、大老・井伊直弼は急進派の凶刃に斃れてしまいます。

「大奥の曝頭」:江戸城では、16歳になった将軍・家茂と天皇家の和宮との婚約が整いつつありました。ところが、それと呼応するように、大奥の各所で怪異が頻発しているといいます。宇治の間に幽霊が出たり、長局の廊下にしゃれこうべが転がっていたり、女中のおまつが人が変わったようになったり――。正圑の特命を受けた智一郎は、重太郎とふたりで女性に化け、大奥へ忍び込む羽目になってしまいます。もちろん、男とばれれば、死罪は免れません。芝居好きの重太郎から女方の動作を学び、智一郎は灌仏会の商婆となって、大奥の廊下に露店を出し、買い物に訪れる女中たちから情報を得ようとします。本屋に化けた重太郎は、意気投合した女中のふじに呼ばれて彼女の部屋へ向かいますが、とっくに彼の正体はばれていました。

オススメ度:☆☆☆☆



亜智一郎の恐慌 (創元推理文庫) - 泡坂 妻夫
亜智一郎の恐慌 (創元推理文庫) - 泡坂 妻夫

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