天のろくろ ☆☆☆☆

(天のろくろ / アーシュラ・K・ル=グイン / サンリオSF文庫 1984)

1971年発表の、ノン・シリーズSF長篇です。
オレゴン州ポートランドに住む(ちなみに作者グインもポートランド在住)控えめで気弱な普通の青年ジョージ・オアは、夢を見ることに怯えていました。夢を見ると、その夢の通りに現実が改変されてしまうことがあるのです。事実、少年時代に好色な叔母につきまとわれて困っていたジョージが、たまたま叔母が交通事故で死んだ夢を見て目を覚ますと、現実に叔母は数週間前に交通事故で亡くなっており、家族もそのことを問題なく受け入れていました。ジョージの夢が叔母が生きていた世界から叔母が死んでいる世界に改変してしまった(よりSF的に言えば、叔母が事故死したパラレルワールドに移行した)わけですが、そのことを記憶にとどめているのは夢を見たジョージ自身だけでした。もちろん、すべての夢が現実化するわけではありませんが、気弱で良心的なジョージは、自分が世界を悪い方向に変えてしまうのではないかと不安で、禁止薬物を乱用することで眠りを妨げようとします。その結果、当局に摘発されたジョージは、薬物中毒の治療のために精神科の開業医ヘイバー博士の患者となります。
夢に関するジョージの告白を信じなかったヘイバー博士ですが、自分が開発した脳波増幅装置と催眠暗示を使って、ジョージの見る夢に影響を与える実験を試みます。結果、診療所の壁に掛けられている絵が、ジョージが眠る前は山の絵だったのに、ジョージが博士の暗示によって馬の夢を見たあとは馬の絵に変わっていました。ジョージの能力を信じ始めたヘイバー博士は、実験を繰り返し、その都度世界は少しずつ変わっていきます。ジョージは山小屋を手に入れて念願だった自然の中で生活できるようになり、ヘイバー博士も市井の一開業医から政府の夢研究所の所長という地位に上り詰めていました。ヘイバー博士が治療を理由に自分の夢の能力を利用(必ずしも悪用とは言えませんが)していることを不安に思ったジョージは、人権派女性弁護士(黒人と白人の両親を持つハーフ)ヘザー・ルラッシュに相談します。ジョージの話を信じないヘザーですが、ジョージの人柄を信じ、政府のインスペクターという立場でジョージの治療現場に立ち会うことになります。今回、ヘイバー博士は世界の人口過剰問題を解決する夢を見るよう誘導しますが、その結果は恐るべきものでした。
ジョージが見た夢により、環境汚染が原因の致死的な疫病(“汚染癌”と呼ばれます)の流行により、人類の85パーセントが死亡した歴史が現実化してしまったのです。立ち会っていたヘザーも変化を感じ取っていましたが、ヘイバー博士の長広舌に幻惑され、何が起きたかを認識できないまま、改変された歴史を受け入れてしまいます。ジョージが60億もの人間を抹殺してしまったことを知っているのは、ヘイバー博士とジョージだけでした。あまりのショックに、それ以上の実験を拒否しようとするジョージですが、人類と世界の救世主となる野望に取りつかれたヘイバー博士に言葉巧みに説得され、実験は継続されます。人種差別をなくす夢を見るよう暗示されれば、人類の肌の色がすべて灰色をしている夢を見ます(当然、それは現実化し、人類の進化の歴史に白人や黒人、黄色人種などは存在しません)が、誘導が言葉足らずだったり曖昧なものだったりすると、とんでもない事態が現出することになります。人類同士の戦争をなくすよう誘導されたジョージは、異星人の侵略に団結して立ち向かう人類の夢を見て、月面を占拠した異星人に人類が怯えている世界が現実化してしまいます(たしかに、ヘイバーの指示通り、人類同士の戦いはなくなりましたね)。
ジョージはこれ以上の実験を拒み、身を隠してしまいます。ジョージの行方を追ったヘザーは、山小屋で覚醒剤漬けになっているジョージを発見し、ヘイバー博士に倣って催眠術でジョージを悩みから解放しようとします。しかし、今度の夢は異星人に地球を攻撃させるものでした。大混乱の中、ヘイバー博士の実験室へ戻ったジョージとヘザーは、増幅装置を使って事態を打開する夢を見ようとします。実験は成功し、異星人は平和的意図をもっており、戦争は誤解に基づくものだという夢を見たジョージのおかげで、アルデバラン人と人類が平和共存する世界が現実化します。そしてジョージは知り合ったアルデバラン人から自分を救うためのヒントを与えられます。

ヘイバー博士は決して悪人ではないのですが、自分なりの善意に基づいてジョージの能力を道具として使っているわけで、極悪人よりも始末が悪い(笑)結果となってしまっています。まさに「地獄への道は善意で舗装されている」という警句を体現しているのが博士というわけです。最終的には人間としての“分”を超えてしまったために、天のバランスが働いて、ふさわしい報いを受けることになるわけですが――。

オススメ度:☆☆☆☆




天のろくろ (1979年) (サンリオSF文庫)
サンリオ
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