ロンドンの恐怖 ☆☆☆☆

(ロンドンの恐怖 / 仁賀 克雄 / ハヤカワ文庫NF 1995)

副題が「切り裂きジャックとその時代」となっているように、19世紀末のヴィクトリア時代の歴史・社会・風俗を背景に、「切り裂きジャック」について広範に論考を加えたノンフィクションの力作です。著者の仁賀さんはミステリや怪奇幻想小説の翻訳家としても知られ(かの野田昌宏さんが、自分がやりたかった「シャンブロウ」の翻訳で仁賀さんに先を越されて地団太を踏んだのは有名な話)、「現代海外ミステリ・ベスト100」などの著作があることは知っていましたが、日本随一のリッパロロジスト(「切り裂きジャック」研究者のことを、こう呼ぶらしい――命名者はコリン・ウィルソン)だというのは、本書を読むまで知りませんでした。1985年の出版段階で出されていた海外の研究書や切り裂きジャックを題材にした小説などに、ほとんどすべて目を通し、センセーショナルでない客観的な論評を加えている点でも、他の著作家が書いた本に比べて優れていると言えます。解説の島田荘司さんが書いているように、「切り裂きジャックについて書かれた本ではベスト」であり、これ1冊あれば、他の本を読む必要はないとも言えるでしょう。2004年に講談社文庫から「切り裂きジャック 闇に消えた殺人鬼の新事実」という新作(?)が出ており、内容の半分は本書と重複するそうですから、こちらを入手する方がいいかもしれません。

内容は、あらためて記しませんが、ジャックによる犯行と言われる5件(6件としている研究者もいます)の売春婦殺しについて、当時の記録や証言に基づいて紹介し、新聞社に送られたジャックの手紙(本人の筆になるものか、悪戯なのかは不明。つまり、「切り裂きジャック」という名は、本人が名乗ったものなのかもわからないわけです)や、それに触発されたロンドンっ子たちの戯れ歌などに加えて、スコットランドヤードの成立の由来やシティ警察との縄張り争い、警察幹部たちの奮闘とヘマ(笑)が詳細に描かれています。
後半では、様々な人たちが「ジャック」に比定した容疑者たちをひとりひとり取り上げて、真犯人である可能性を検証しています。もちろん、全員に対して否定的な結論が出て、真犯人が誰かという結論は仁賀さんも下していません。末尾の被害者一覧表、有力容疑者一覧表は労作です。また、「切り裂きジャック伝説」と題された13章では、ジャックを扱った小説や映画が詳細に紹介されており、たいへん興味深い内容になっています。ただし、結末までネタばらしをしているものが多く、特に名作短篇「オッタ―モール氏の手」(トマス・バーク)が完全にネタバレになっていますので、未読の方は厳にご注意ください。ここで紹介されているのは1985年までのものですが、それ以降にも「ドラキュラ紀元」(キム・ニューマン)、「一八八八年 切り裂きジャック」(服部まゆみ)、「シャーロック・ホームズ対切り裂きジャック」(マイクル・ディブディン)など、優れた作品は出ていますし、研究書としてもパトリシア・コーンウェルの「真相」なども出ています。当分、リッパロロジスト(候補者)にとって、楽しみは尽きないようですね。

オススメ度:☆☆☆☆



ロンドンの恐怖―切り裂きジャックとその時代 (ハヤカワ文庫NF)
ロンドンの恐怖―切り裂きジャックとその時代 (ハヤカワ文庫NF)

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