薔薇の名前(上・下) ☆☆☆☆

(薔薇の名前 上・下 / ウンベルト・エーコ / 東京創元社 1990)

世界的なベストセラーとなり、映画化もされたエーコの小説第1作です。
かなり前に購入していたのですが、前評判のすごさと分厚さに、時間をとってじっくりと取り組まなければと思い、なかなかまとまった時間が取れないために手が出せないでいました。今回、自由な(?)時間がかなりまとめて取れましたので、ようやく数日をかけて読み込んだ次第です。

作品の構成からして、メタフィクション形式で非常に凝っています。まず、序文では、序文の書き手(エーコ自身がモデル?)が旅行先で、14世紀末に「メルク・ダ・アドソ(「メルク出身のアドソ」という意味。「レオナルド・ダ・ビンチ(ビンチ村のレオナルド)」と同じですね)」なる老修道士が書いた手記(もともとはラテン語)を17世紀のヴァレという修道院長が訳したフランス語版を入手し、その内容に衝撃を受けて自らイタリア語に翻訳したことが語られます。その後、やむを得ない事情によってオリジナルの版は失われ、翻訳したノートだけが残ったのですが、オリジナルのアドソの手記の実在性に疑問が沸き起こる中、熟慮の末、それを出版することにした、というのが本書の由来という設定になっています。
では、アドソの手記の構成はどうなっているかというと――
手記に語られているのは、14世紀前半にイタリア北部の山地に建てられていた(今は存在しない)僧院で発生した7日間にわたる出来事です。アドソは二十歳にもならないベネディクト会の見習修道士で、アイルランド出身のバスカヴィルのウィリアムというフランチェスコ会修道士の弟子として、舞台となる奇怪な僧院を訪れるのでした。手記は、朝課、讃課、一時課、三時課、六時課、九時課、晩課、終課という当時の修道院の典礼時刻に分けて記されており、主としてアドソが見聞きしたままが記録されています(ごく一部、ウィリアムからまた聞きした内容も)。ウィリアムは中世の修道士でありながら開明的・進歩的な考え方の持ち主で、記憶力・推理力・観察力・判断力に優れ(つまり探偵役にぴったり)、魔法と間違えられるようなテクノロジーにも通じており、この時代に珍しかったガラスのレンズを使って文字などが拡大されて見えるような道具(平たく言えば「眼鏡」ですな。モノクルに近い構造ですが)を使いこなしています。ウィリアムはかつて異端審問官も務めていましたが、その判断は的確で、現在のドミニコ会の異端審問のやり方を忌避・否定しています。彼は当時発生していたフランチェスコ会とアヴィニョン教皇庁の宗教思想解釈上の論争を調停するという特別の使命を果たすために僧院を訪れるのですが、アドソはそのことを伝えられていません。
ふたりはアッボーネ僧院長に温かく迎えられ、僧院内部を案内されるとともに(なお、ここで描写される聖堂の正面入口を飾る装飾の数々については、じっくり味わうことをお勧めします)、最長老のアリナルド、盲目ですが精力的な老修道僧ホルヘをはじめ、文書館の貴重な文献の研究を様々に続けている学僧や修道僧(薬草係のセヴェリーノ、ガラス細工が得意な二コーラ、古典翻訳を専門とするヴェナンツィオ、修辞学を専門とするベンチョ、文書館長補佐ベレンガーリオなど、個性的な面々です)に紹介されます。ただし、マラキーア館長が管理している文書館は厳重に出入りを制限されており、たとえウィリアムであっても入室は厳禁だと言い渡されるのでした。一息ついた後、僧院長は、最近僧院で発生した怪死事件を解明してくれるよう、ウィリアムに依頼してきます。細密画を得意とする修道僧アデルモが転落死したというのですが、それが事故なのか自殺なのか他殺なのか、後者だとしたら動機と犯人はどうなっているのか――おまけにウィリアムの考えでは、アデルモは立入禁止の文書館に入り込んで、その窓から転落したと思われました。ウィリアムは、僧院内の誰にでも質問できる権限と、僧院長から自分の立場を全員に説明してくれるよう要求し、それは容れられますが、調査のため文書館へ入る許可は得られません。
翌朝、第二の変死体が発見されます。寺男たちが屠殺した豚の血を溜めていた大甕に、「犬神家の一族」よろしく頭から突き刺さって死んでいたのは、古典翻訳の学僧ヴェナンツィオでした。ウィリアムと医学の心得があるセヴェリーノの見立てでは、死因は溺死ではありませんでした。ウィリアムは毒殺の可能性を考え、セヴェリーノの管理する薬草の中に毒薬はあるかと問い質しますが、明確な答えは得られません。何人かの学僧に話を聞いて興味深い事実をいくつか入手したウィリアムは、さらに長老アリナルドから、文書館に入り込むヒントらしきものを得て、アドソと共に深夜、文書館への侵入を試みることになります。文書館を収めている塔の内部は、複雑な構造をもつ迷宮となっており、各部屋を結ぶ入口には、謎めいたラテン語の文句が記されています。目的の一つは、殺されたヴェナンツィオが調べていたと思われる書物を見つけることでしたが、ふたりはたちまち迷路の中で迷ってしまい、しかも謎の侵入者や幻影(幻覚をもたらす香が焚かれていたらしい)に悩まされます。結局、この晩の探索は成果なく終わりました。
3日目の朝、今度は文書館長補佐ベレンガーリオが姿を消しており、彼の僧房から血染めの布切れが発見されます。アドソは、厨房係の助手を務めている奇怪な人物(各国の言語や方言をミックスしたような不思議な言葉をしゃべる)サルヴァトーレ(ダリではない(^^;)から、この僧院に拾われるまでの波乱に満ちた反省について告白を受けます。彼と厨房係レミージョの間には、さらに深いいわく因縁があるようでした。一方、ウィリアムはヴェナンツィオが遺した不思議な記号を解読し、迷宮の謎を解くヒントを手に入れます。その晩、眠れないアドソは、家族のための食料を手に入れようと、厨房係に肉体を与えようとやって来た若い百姓娘と出会い、生涯で一度だけの体験をしてしまいます。
発見されたベレンガーリオの死体は舌が黒くなっており、毒物の影響が疑われます。ウィリアムに問い詰められたセヴェリーノは、以前に毒物が盗まれたことを話します。この日、宗教的対立に妥協点を見出すべく、アヴィニョン教皇庁の一行とフランチェスコ会を代表する小さき兄弟会士の使節が、相次いで僧院へ到着します。教皇側にはドミニコ会の仮借なき異端審問官ベルナールが同行しており、それだけで交渉が難航することが予想されました。おまけに、僧院で発生している連続変死事件について聞きつけたベルナールは、ウィリアムを差し置いて自分が事件を捜査すると宣言します。やがて、ベルナールは厨房係レミージョとサルヴァトーレを異端者として捕え(実際、問い詰められて開き直ったふたりは、鬼気迫る告白をします)、アドソが一夜を共にした娘も魔女として捕えられてしまいます。なんとか助けようと考えるアドソですが、ウィリアムに諭され、自分にできることはないもないという苦渋の結論に至ります。
翌朝、セヴェリーノが、ベレンガーリオが持っていたという奇妙な書物のことを語り、それが自分の手元にあることを告げますが、直後に殺害され、書物も姿を消していました。この日、教皇派とフランチェスコ会との最終交渉が行われますが、ウィリアムの努力にも拘らず、ベルナールの奸計によって交渉は決裂してしまいます。
6日目、歴代の文書館長について調べていたウィリアムは、さらに新たな手掛かりを得ますが、僧院長は唐突に調査を打ち切るように通告してきます。その晩、ついにウィリアムは迷宮の中心部に入り込む道筋を発見しますが、そこでは意外な人物(真犯人?)がふたりを待ち受けていました。最後の対決の結果、文書館に崩壊がもたらされることとなります。

――と、おおまかなストーリーを書き綴ってきましたが、ストーリーを追うことよりも、描かれるディテールを味わい尽くし、堪能することこそ、本書の楽しみ方と思います。時代がが中世で舞台が限定されている分、エーコの第二作「フーコーの振り子」のほうがスケールが大きいですが、密度の濃さは本書のほうが遥かに上です。

オススメ度:☆☆☆☆


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