虚像のエコー ☆☆☆

(虚像のエコー / トーマス・M・ディッシュ / ハヤカワ文庫SF 1979)

“ニュー・ウェーヴ”全盛の1960年代半ば、その総本山であるイギリスの『ニュー・ワールズ』誌に掲載された長篇です。ディッシュはアメリカ作家ですが、この時代、『ニュー・ワールズ』の代表作家として活躍していました(短篇「リスの檻」は、代表作)。

パノフスキー博士による物質瞬間転移機の発明は、輸送や軍事の様相を一変させてしまいました。最初に受け手である“再現装置”さえ現地に設置してしまえば、月面だろうが火星だろうが、物資や人員を一瞬で送り込むことができます。月面開発でソ連に後れを取っていたアメリカ政府は、この発明によって火星に一大軍事基地を築き、そこに核ミサイルを集結させていました。建前だけの軍縮条約によって地球上での核兵器の保持が禁止された結果、核兵器は貯蔵場所が変わっただけで、相変わらず脅威となり、世界平和は危ういバランスの上に成り立っていました。いわゆる“熱い”戦争はベトナム戦争を最後に地球上から姿を消していましたが、この次に勃発すれば、それは人類の終焉を告げるものとなることは確実でした。
その日、アメリカ陸軍大尉ネーサン・ハンサードは、火星基地のピットマン将軍に機密の命令書を届けるべく、火星基地に駐屯する25人の部下と共に、転移機で火星へ向かいます。ピットマン将軍に届いた命令書は、別命がない限り、6週間後に火星基地に備蓄された全ての核ミサイルをソ連に向けて発射せよというものでした。
ハンサードが火星に到着した時、地球の送り出し側の転移機の内部に、もう一人のハンサードが出現します。転移機固有の“エコー効果”によって、反射されたハンサードが実体化したのです。実体化とは言っても、エコーである存在は、一般の人類にとっては存在しないのと同じで、一切コンタクトはできません。また、一般の人間が飲み食いする水や食物、呼吸する空気すら、エコーにとっては意味がありません。エコーが生き延びるためには、転移機の作動によって反射されてきたエコーの水や空気を摂取しなければならないのです。そのため、エコーとして出現した人々は長生きできません。ハンサードと共に火星からエコーとして戻って来た部下たちは、最も入手しにくい食料を手に入れるために、エコー同士で殺し合いを行っていました。このあたり、異質な環境に置かれてしまった人間が経験する現実的な生活上の困難は、通常はリアルに描かれないものですが、「透明人間の告白」同様、圧倒的なリアリティで描かれています。
潔癖なハンサードは、他のエコーたちの行動に同調できず、部下のワーソウ曹長に殺されそうになりますが、なんとか逃れると、絶望してニューヨークをさまよいます。そんなハンサードに話しかけた若い女性がいました。ブリジェッタと名乗る女性は、転移機の発明者パノフスキー博士の妻のエコーでした。そしてハンサードはパノフスキー博士のエコーや、その妻のエコーが複数人、共同で暮らしている家へと連れて行かれます。彼らは、エコー効果の存在を理論的に察知した生身のパノフスキー博士が送り込んでくれるエコーの食料や水、空気を得ながら、哲学的な生活を送っていました。
ハンサードが持っていた機密の命令書(のエコー)の内容を知った一同は、なんとか世界の破滅を阻止しようと苦慮しますが、生身のパノフスキーや有力者にコンタクトする術はなく、手をこまねいているうちに、運命の日は迫ってきます。しかし、ふとしたことから生身の人間の精神と同調する手段を思いついたハンサードは、自ら火星に転移して火星にいる生身のハンサードに夢で連絡を付けて、ピットマンが核ミサイルの発射ボタンを押すのを妨害させます。一方、地球ではパノフスキーのエコーたちが、壮大で決定的な回避策を実行に移そうとしていました……。

オススメ度:☆☆☆




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早川書房
トーマス・M.ディッシュ

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この記事へのコメント

X^2
2019年01月13日 00:10
StarTrekのオリジナルシリーズで、なんだか似たような話があったぞと思い、調べてみました。「二人のカーク」は確かに転送でカークが二人出現して、という話なのですが、それよりもさらに似ている話があったような。一方が鏡像なので通常の食べ物に含まれるアミノ酸が利用でない、という落ちだった気がします。TVシリーズではない独自小説だったのかな。
〇に
2019年01月13日 18:11
メッセージ、ありがとうございます(^^
「スタートレック」は守備範囲外なので詳しくないのですが、小説版ではブリッシュのオリジナルで「二重人間スポック!」というタイトルのがありますね。こちらは転送機にからんでミスター・スポックが二人出現してしまうという話のようです。
X^2
2019年01月14日 09:34
>「二重人間スポック!」
ありがとうございます。正にこれでした。

> エコーが生き延びるためには、転移機の作動によって反射されてきた
> エコーの水や空気を摂取しなければ
この辺りの設定が全く同じで、しかも両方とも「転送機」のトラブルが原因なので関係あるのかと思いましたが、作者は別々でしたね。

> 一般の人類にとっては存在しないのと同じで、
> 一切コンタクトはできません。
この状況がつかめないのですが、一般人からは見えもしなければ触れもしないという事ですか?とするとS.バクスターのシリーズに出てくる「フォティーノバード」的な感じですね。



〇に
2019年01月16日 23:27
メッセージ、ありがとうございます(^^
本作の設定では、エコーとなった人々は、現実世界の人間には見ることも聞くことも触れることもできない、ということになってします。そのため、エコーのハンサードは、現実世界のハンサードに、夢を通じて接触しようとするわけです。

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