発明超人ニコラ・テスラ ☆☆☆☆

(発明超人ニコラ・テスラ / 新戸 雅章 / ちくま文庫 1997)

発明家ニコラ・テスラの名前は、テスラ・コイルの名前や磁気の強さを表す単位(テスラ)など、なんとなく知っているレベルでしたが、はっきりと意識したのは、ご多分に漏れず、90年代の某カルト教団にからんだオカルトめいた記事の中ででした。
本書は、そのような神秘的な伝説に埋もれてしまい、(特に日本では)正当に評価されていない天才発明家テスラの生涯と業績を、綿密な資料検証と取材で詳細にまとめ上げた労作です。著者の新戸さんはSF評論家でもあり、いくつかの海外SFの解説でかなり傲慢な記述をしていたので嫌いだったのですが(笑)、本書を読んで見直しました。
ニコラ・テスラは1856年、旧ユーゴスラビア(現在のクロアチア南部)生まれのセルビア人で、子供の頃から発明の才を発揮して“神童”と呼ばれていたそうです。十代のころ、何度かの挫折と大病を克服したテスラは、大学で電気を学び、早くも将来の交流モーターの発明につながる回転磁界の原理を発見しています。
パリに出たテスラは、ヨーロッパに進出していたエジソンの電気会社に就職し、次第に頭角を現しますが、直流をベースにしたエジソンの発明品は、テスラの考えとは合いませんでした。それでも、支配人に実力を認められたテスラは、身一つでアメリカへ向かうことになります。
テスラは10歳以上年上のエジソンと出会い、エジソンの下で働くことになります。しかし、交流派のテスラと直流派のエジソンとでは、理想とする電気学の応用技術が相容れるはずもなく、1885年、テスラはエジソンから独立して自分の研究所を設立します。
科学者で資本家でもあるウェスティングハウスの支援を得たテスラは交流モーターを開発し、さらに高周波変圧器テスラ・コイルを発明して、電気事業に打って出、ついにエジソンを凌駕する実績を打ち立てます。この10年間が、テスラの生涯の黄金時代でした。
続いて、無線システムに取り組んだテスラは、1対1ではなく多数の受信機に同時通信するシステム(ラジオに他なりません)や無線操縦ボート(まさにラジコン)、無線送電システムなどを構想し、実験を進めます。研究所が火災で焼失するといった苦難もありましたが、テスラはやがてコロラドスプリングスに実験施設を建て、壮大な実験を始めます(この施設と当時のテスラは、プリーストの小説「奇術師」にも登場し、強烈な印象を残していましたね)。しかし、彼の実験設備には膨大な資金がかかり、テスラは次第に財政的に窮乏していきます。無線通信の実用化でマルコーニに遅れを取ったテスラは、無線を使った全世界ネットワークの構築を目指し、新たに壮大な実験施設の建設に手を付けますが、理論的には進んでいたものの、目先の現実の利益につながらない研究は資本家の関心を引かず、折からの不況もあって、ついに施設の建設は中止に追い込まれます。
テスラは生涯結婚せず(女性と関係を持ったこともなかったらしい)、晩年には公園でハトに餌をやることを唯一の楽しみにしていたそうです。他にも、食事に対する常人離れしたこだわりなど、後に「奇人」と評されることになる原因は持っていました。また、テスラの実験や研究の中には、時代を先取りしすぎて当時の科学界では受け容れられなかったものも相当にあったようです(「プラズマ理論」や「電波天文学」の先駆となる発見など)。

高校で物理を取っていなかったため(笑)、交流や直流といった電気理論を説明するページを読むのに、やや苦労しましたが、それ以外は平易に書いてあり、すいすい読み進むことができます。

オススメ度:☆☆☆☆



発明超人ニコラ・テスラ (ちくま文庫)
発明超人ニコラ・テスラ (ちくま文庫)

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